01月07日

山荘のイルミネーションは、レストランから宿泊棟への登り坂に毎年つけられる。

X'masから正月にかけて、約3週間チカチカと点メツする。
何もない山荘の唯一の飾り付けである。

役目を終えた飾りものは、昨日取りはづされた。
また元の地味な山荘になったが、やはり自然は何もないのがよいようで、電線を巻きつけた建物の木の柱には「のんびり」したカラスがとまって私たちを見下している。

正月のあいだは、このカラスはどこかに行っていたのだろう、見えなかったことに気がついた。

山里の奥の村へ里帰りしていたのかも知れぬ。
きっと正月のお供え物にありついていたのでしょう。

例年と異なることに「車の駐車場」の場所とりで争う「ジョービタキ」が姿を見せない。

仲間に不幸があったのか少し気がかりだ。

山荘のまわりの自然界にも少しづつ変化があるようだ。そして春がやってくる。

 

 

01月17日

前山の上空に見える雲の動きが早い。

一部灰色がかった雲のかたまりは雪雲だろう。
西の方から流れてくる雲のせいで各地に雪を降らして、それによる被害が出ている。

寒波到来、とテレビのニュースはさらに寒さを感じる。

山荘のまわりにも少しだけ雪景色が見られたが、午前中で消えてしまった。

ここ数年間で一番の寒さを感じるのも、暖かだった新年のせいかも知れぬ。

私の好きな全て葉の落ちた雑木林の中も、さすがに今朝は空気が寒さでふるえていた。
地面の落ち葉をつついて「えさ」どりをしている小鳥も、なき声をださず、もくもくと動きまわっている。

春よこい。早くこい。
春を待つ気持ちが通じたのか、吹き付ける風が少し弱まったので太陽のあたたかさがありがたく感じる。
もう春はそこまで近づいている。

 

 

02月04日

山荘のレストランのベランダから見える山里をみる。

白いキリがオビ状にかかり、まことに美しい景色だ。
地面に近いところはキリが濃く、三色に見える配色は前山の頂上に向ってうすくなっている。

この濃淡が実にきれいだ。
みとれているうちに太陽がてらしはじめた。
わずか10分ぐらいの短時間で変化をしていく。

自然の美しさにみとれていると、桜の木の枝に数羽の「ヒヨドリ」がたわむれている。
これにおどろいた「コガラ」のむれが小さな声をあげながら雑木林に消えていった。

寒さの中でも太陽があたると、もう春はそこまでやってきている。
「フキノトウ」のウワサももうすぐ聞こえてくる。
あの苦味の「てんぷら」が待ちどおしい。

 

 

02月19日

ベランダの下をよくみると、木の葉にかくれて「フキノトウ」がでてきている。

朝の冷えきった空気の中で「そっと頭を出している」ここ二、三日あたたかい日中の気温にさそわれたようである。

先週は、ウラの雑木林の上に「満月」の月をみた。木々の間から「みえかくれ」する満月は実に美しい。
今夜の月は半分に欠けていて、木の枝に「さえぎられる」と不気味な「やりの先」のように見える。

満月の夜からわずか数日の間で大きく変化するので、「みとれている」「ヒマがない」。
満月の夜の雑木林のことを「山荘だより」に載せようと書きはじめたが、文章にならずにやめてしまった。

「美し」すぎて「スケッチ」にならず「ためらった筆をおく」……
……そんな気分になったのである。

ようするに「やがて」吹くであろう「春のあらし」がくれば木々をゆする音に「ペン」は走り始めるだろう。

「フキ」の天ぷらが朝食のメニューに仲間入りするのもあと数日待たねばならぬ。

 

 

02月26日

春のあらしが去り、たっぷりと雨水をかぶった木々が生きかえったように枝先を空にむけてのばしている。

風の谷へとながれる空気はまだちょっぴり肌寒いが、気持ちのよい「ベランダ」に座ってコーヒーをのむ・・・

山荘へお泊りになったお客様がお帰りになるのを見送って、これからはじまる「ランチタイム」の時間待ちの「ちょっとしたアルバイトタイム」である。

見渡せば、山荘の真下に見える「白梅」が満開である。

坂道の枯れ草の間から芽ばいたばかりの青い草が新旧よろしくおしのけての出現は、心強い生命感がある。

もうすぐ主役となるであろう桜の大木の枝先には、つぼみらしきものが見える。

その小枝を「つつく」「コガラたち」の一団にも春を感じる動きがある。

順番待ちの感がある花の開花も、白梅、紅梅、モモの花、そして「ミヤマキリシマ」「桜の花」へと続く。しかし、花にも寿命がある。春一番に咲いていた「みつまた」の花が今年は「ぜんめつ」した。昨年の台風で吹きとんでしまったのである。自然の「いたづら」である。


 

 

03月09日

空にうかぶ大きな「カタマリ」の雲は動いていないが、強い風が木々をゆする。

つめたい空気は「はるか高い」上空ではなく、地上に近いところを通る気流のためだろう。

朝夕は天気予報どうり冷めたいが(風が)・・・
日中は風がおさまると、もう春だ。

この陽気にさそわれて「うそ・・・」の一団がやってきた。桜の枝にとまり、枝先の「つぼみ」をつついている。それをみて苦い「思い出」がよみがえった。

何年か前に「うそ」の「えさ」になってしまった桜が「ちらほら」と花ビラが咲くだけで終わってしまった「時」がある。

すなわち「大事なさくら」が「えさ」になってしまったのである。その時来荘の方たちには「それを」説明すると、「え・・・ウソ」といって笑われてしまったが・・・

・・・今年はそうならないことを祈る。

 

 

03月22日

久しぶりの雨水をうけて桜の大木が活きかえったようだ。
風はつめたいが、山全体が春のムードだ。
例年だともう咲いてもよいはずの「ミヤマキリシマ」が、なぜか元気がない。

開花の時期のタイミングが天気不順のせいかも知れぬと、そう思いながらよくカンサツをすると、枝にかくれて数ヶの花ビラが見える。あと数日で咲きほこるであろうと一安心 …‥… これも自然とのつきあいだ。

テレビのニュースで「さくらの開花予想」がされているが、山荘の「さくら」はと気になるところだ。

先日、やってきた「ウソ」の大群以来、枝先の「つぼみ」が少なくなっているように感じる。
「ウソ」がやってきて「つぼみ」を食べつくしていったので、今年は「さくら…がダメダ…」の話をすると、お客さまの反応は半々であり、笑いながらも同情する方と、まるっきりお笑いのトークを聞いているような方もいらっしゃいます。

その判定の時は近づいている。

 

 

03月31日

山荘の名花「ミヤマキリシマ」が3分咲き、春のにぎわいを予感する。

やがて桜との競演が楽しみだ。
「ミヤマキリシマ」が大好きなお客様がいらっしゃるので「メール」にて写真をおくる。

満開になったら「ブログ」にのせようと思います。
ぜひ、ごらんになってください。

今日の午前中に「初音」の声を聞いたような気がする。日中のあたたかさと朝夕の「花冷え」との差があまりにもはげしいので小鳥たちもとまどっているようだ。

山荘のオープンから「しばらくの間」目を楽しませてくれた茶畑の一部に、古くなったお茶の木と入れ替えに、季節を楽しめる「花の木」を植え替えていただいた。

「花いっぱい」の山荘が楽しめる日が近い。

 

 

04月14日

今、山荘の桜が満開です。??
心配をしていたとおり「ウソ…」の被害は、桜の木を台無しにしてくれた。

桜の枝がレストランのベランダにのびている部分は被害はなかったので、数少ない枝の花が満開になったという説明です。

それでも桜の花は美しく、春の使者の役目を果たしてくれた。

数少ない桜の花の蜜を吸いにきている「メジロ」は、花の多そうな小枝を選んでとびかっている。

「四十カラやコガラシ」が「えさ」を探がしている。
「ミヤマキリシマ」と桜の花の競演はうまくいかなかったが、これも季節の大雨と強風でやられたので、自然の「イタズラ」で仕方がない。

森町に入り、「山荘」への川ぞえの道路には、たくさんの「桜」が見られるので「被害」のあった山荘の桜へは同情の「声」がかけられるので、その都度「ウソ」の出現を説明するのです。

あたたかさにさそわれてか「コジュケイ」の仲間をよぶ声が茶畑から聞えてくる。

 

 

04月23日

この季節特有の「山の景色」の変化が見られる。

すなわち「山が笑ふ」のだ。
桜の開花がおくれた分だけそのスピードガ早い。

2〜3日降り続いた雨水を吸った水分補給は、木々にとっては恵みとなったようだ。
木々の若葉の配色は濃淡によって形成され、その変化は目まぐるしく変わる。
「山が笑ふ」…のです。

山の変化にあわせるように、小鳥たちの「さえずり」も数を増してきた。
「うぐいす」を中心としたBGMは、それぞれが本格的に「うたえだし」にぎやかな季節となりました。

〜〜もうすぐ「つつじ」が見ごろになります〜〜

 《ゴールデンウィーク》
  満室になりましたが、まだ空きもあります。
  お電話にてお問い合わせください。

 

 

04月28日

主役の花が開花して散るまでの間が速すぎて実にめまぐるしい。

花には咲き方にも特長があるが、それぞれに変化があって、それを観察するのも花見の面白さである。また、咲き終って散るときも大きなちがいがある。

「サクラ」でも種類によってその散り方が異なる。
季節風に吹きとばされる花ビラが風の谷の方までまとまって飛んでいくときがあったり、ヒラヒラと風情のある散り方をしていくときがあって、それを見送るよゆうがある。

「サクラ」よりおくれて咲く「ヤマザクラ」は季節風がすぎて静かな風なので、散りゆく「花ビラ」に小さな命が宿っているようだ。

坂道に小さな花ビラがたえまなく落ちて真白になる。
その花ビラに生命を与えるように弱い風が吹くと、その部分が「さあっ」と舞いあがる。2〜3メートルとんでまた地面に落ちつくが、これが絵になるので、見ているのも楽しいのです。

気がつくと「シャゲ」の花が道路までおしよせて咲いていて可れんで美しい。

 

 

05月21日

朝夕の涼しさは、山荘のごちそうのひとつである。

日中のあつさは仕方がないが、この温度差の中で「うぐいす」たちは、心地よい「なきくらべ」をしている。

とくに夕方になると、その数が多くなる。

彼らの声は、四方八方から聞こえてくるので、来荘のお客様には自然のおくりものである。

朝早くから夕方おそくまでその美声を聞かせてくれるので、ディナータイムのひととき、「アペリティフ」のグラスをかたむけるリピーターもおられる。

坂道まで「ナワバリ」にして咲いた「シャガ」の花に終わりを告げて、目立たぬ「うすいピンク」の花を咲かせた「山つつじ」が満開となっているが、あまりにも地味なので目立たない。

それだけに花の寿命がみじかい。

 

 

06月01日

6月のはじめなのに「このあつさ」
天気予報のニュースがテレビから流れてくる。

それも「7月」真夏のあつさというから、聞いただけでも街の中の様子がわかる。
その点、山の中は、木々の下にいけば涼しい風がある。

この温度差は、山の中でなければ体感できない。

この涼しさが気持ちがよいのだろう。
「ウグイス」のなきなれた「さえずり」が聞えてくる。

それにしても「いい声だ」・・・とてもこのなき声はまねができない。

木々の「てっぺん」にいるようだが姿は見えない。
風の谷の方からも「さえずり」の返事がかえってくると、それにあわせるように「さえずり」合戦だ。

涼しい風の中で聞くのでさらに美声がすばらしく聞えてくる。

 

 

06月16日

つゆのシーズンに入ったのかわからぬ程の雨のふらない日が続きます。

日中、太陽の下ではあつさを感じるが、日影になっている木々の下では涼しいので気持ちがよい。

毎回書いているように、相変わらず「ウグイス」の「さえずり」が山荘をおとづれる人たちをここちよい気分にさせてくれているのに感謝。

最近になって、これに「ホトトギス」が加わってなくのでにぎやかです。少し音色が高すぎるのが気になりますが。

他にも、時間帯によって聞えてくる小鳥たちのなき声もあるが、あまりにも身近かでなかれるので、「ウグイス」「ホトトギス」に軍配をあげてしまう。

にぎやかさでいったら、もう一種類います。それは「コジュケイ」です。

この鳥は「コチャコイ、コチャコイ」となきさけびます。
仲間をよんでいるようにも聞えるし、「イカク」しているようにも聞こえる。

ベランダをぬける木々の香りのついた空気は、涼しいし気持ちがよい。おいしいごちそうです。

 

 

07月01日

おそかった「つゆ入り」も、たっぷりの降雨があって「水不足解消」になったようだ。

この雨と似合うのが「あじさい」の花。
毎年この季節に来荘されるお客様から、今井は花の色がイイネーとほめられる。

特別に花の世話をしてるわけではないので少し「てれ」るが、開いた花をみつめて感謝する。

つゆの終わりはまだ先のようだが、予報によると「つゆ」が終わると「あつい日が続く」ようだ。

そうなると「山荘」の朝夕の「ひんやり」空気はごちそうになる。とくに夜明けは「ハダサムサ」を感じる。

ディナータイムになると、風が通るベランダでお好みで食前酒をお出ししている。

「キール」のタンサン水で割ってのむおのみものが好まれている。ア・ボートルシャンテ!!

 

 

07月14日

夜間活動するはづの「日本カモシカ」が、日中でも山荘の横の雑木林に出没する。

出没と表現するからには相手に姿をみられないようにしているわけであるが、山荘に現れる「日本鹿」は堂々としていて、相手がこちらをみているという感じである。

保護色となるべき木々の間にいるわけであるから注意をしていることにはちがいないが、それにしても日中現れることには気になる。

地元の人たちの情報によれば、「夜4〜5頭が」群れをなしているのをみた…とか、田んぼの中で植えたばかりの稲穂を食べていた。……
たしかに夜になると「田んぼ」のまわりに防護柵をはりめぐらして電流を流しているが、「動物」の智慧は、はるかに人間さまの上をいっているようで、どこか電流の流れていないところを見つけて「えさ」のところに入り込んでいるのであろう。

野生の「日本鹿」がこの近くに来るというのは、人家があって狩猟禁止区域になっているのを知っているのだろう。
危害を加えられないとなれば、これ程安全な「ごちそう畑」はない。

それにしても食べられる側としてはたまったものではない。

さて、何か人間さまの次なる策はあるのだろうか。

これが自然なのかな?………

 

 

08月04日


「山荘」のまわりから聞こえてくる「セミ」の声が日ごとにその種類が増えている。

夕方や朝早くからなく「ひぐらし」にはどこか「ものがなしさ」もあるが、雑木林の中からの「なき声」も食卓へむかう人々を見送ってくれる。

日中「あぶらゼミ」の数が「山荘」をおとづれる子供たちにあわせるように「その数」を増している。そして歌う。しかしそれだけではない。

「山荘」でなければ聞かれない「めづらしい」なき声の「コラブ」に子供たちも小さなおどろきを見せる。「セミ」の声の近くから、「ウグイス」「ホトトギス」「コジュケイ」が自分たちの存在感を見せてくれる。

「この時季」に……と不思議そうな顔をする子供たちに説明をする。………………。

「住み心地がいいんだよ」……きっと……
これを聞いたおにいちゃんが、つかまえたばかりの「虫」を「カゴ」から出して、草むらから逃がしている。

「山荘」には自然がいっぱいあるのです。

 

 

08月23日

日本中をまきこんだ台風(5号)が去ったあとは、あつい日が続く。

各地の温度計が今年最高を知らせている。日本ばかりではなく、異常気象は世界中におきているようだ。

さいわいにして雑木林をぬけてくる風が、木々に冷やされるために心地よい空気を運んでくれる。

毎年のことであるが、連休を利用されてご来荘されるお客様が多くにぎやかな山荘であるが、夏休みはまだ終わっていない。山荘を利用なさるリピーターの中には、これから来荘されて、静かで朝夕のひんやりした空気を好まれる方もいらっしゃる。土曜日はこみ合いますが、(金曜日)(日曜日)(月曜日)は静かなので、利用されるのをおすすめします。

日中のあつさは仕方ないにしても、「ひかげ」なった木々の下にいると、「ひんやり」とした空気が実に気持ちがよい。

山荘で聞く「カナカナゼミ」の音色(なき声)もなんともいえない風情がありますよ。

 

 

09月07日

夏から秋にかけてなく「ひぐらし」の声が冷えた空気の中ではさらに弱々しく聞こえる。
もう秋だ・・・

しかし、自然の中では不思議なこともある。
ベランダの下には咲きおくれた「あじさいの花」が一輪だけ咲いているのだ。

猛暑が続いたせいかも知れない。
涼しい風にさそわれてか、虫たちの声もいちだんと大きくなっている。

桜の木の葉も色がつきはじめている。
・・・落ち葉となる日は近い・・・
山荘のまわりを雑木林が囲み、木の葉を1枚づつおとしていく・・・

枯れ葉よ・・・待ってくれ、もう少し秋の気配のままでいてくれよ・・・
・・・しかし・・・

秋の季節はあっというまにすぎていく。

そんな秋の気配を感じるのも、山の中だからこそ味わえるのです。

短かい秋の季節を自然の中で見送るのもよいものです。

 

 

09月19日

ヒラ、ヒラと落ち葉が舞う。

イブ・モンタンの曲をCDで聴きながら、ベランダ寄りの椅子に座ってコーヒーをのむ。
秋の山荘の至福のひとときである。
イブ・モンタンの歌は最高だ。
若い時本場フランスで覚えた言葉は忘れないものだ。
そのころは必死であったが……
よもやこんな風にしてフランス語の歌を聴くとは思っていなかったし「オーベルジュ」の仕事をするようになるとは……全て神様のおかげである。

感謝しつつコーヒーをのむ……
芳香なコーヒーの苦味を味わいながら……窓の外をみると、モンタンの歌にあわせるように落ち葉が風の谷におちていった。

秋は短かいが、この季節でなければ味わえないものがある。

落ち葉よ風よ、そして秋の食材に礼を云う。
メルシィーボーク……と。
(ありがとう)

 

 

09月27日

各地に被害をもたらした台風が去ったあと……
まだ残っている吹きあらしの風が、木々を大きくゆさぶって通りすぎていく。

この強風におどろいてか、静かだった「ツクツクホーシ」が、思いだしたように風の合間をぬってないている。
聞きようによってはいろんな音楽に聞こえるが、「もうこれっきりよ…これっきりよ〜」で終わる「なき方」にも秋の深さを感じる。

まわりを見渡せば、坂道におちてくる木の葉の数もめっきり多くなっている。
それに加えて「どんぐり」の実がたくさん落ちている。
夜間に行動する「いのしし」の食べ残しだろうが、丸っこくておいしそうなのがたくさん落ちている。

残念ながらこの「美食家」たちの姿は見たことがない。
見えないことが幸いなので、この場合の遭遇だけはさけたい。

困ったことは、山荘の垣根に植えてある山茶花の根元を掘りかえしていくのだけはやめてもらいたい。

「みみず」が大好物なので、仕方ないのかな……

草むらから聞こえる「虫の声」もその種類が増えて、ますます「にぎやか」である。

 

 

10月03日

10月です。

秋が深くなりました。

日中はまだあつい日もありますが、朝夕の空気はさわやかな寒さを感じます。

夕食までの時間を利用して散歩をしている人がいる。

落ち葉をふみながら、坂道をのぼる。
山荘のまわりの散歩コースは「ゆっくり…とのんびり」と歩くのがコツで、身体に「ふたん」を与えないことです。

ときどき立ち止まり「落ち葉」の中から「めづらしい」葉をひろってみる。そこに思わぬ自然の美しさを発見することでしょう。

ちょっとしたことが散歩の楽しみになるのです。

雑木林の中の「山ハダ」の中にある草むらから聞こえてくる「虫たち」の音色も、あとわずかで「なきおさめ」になります。

ひときわ高い音色は「くつわむし」その間をぬって聞こえるのは「リーン、リーン」と鈴虫の音色……

静けさの中にもうひとつ聞こえてくるのは、向いの「山奥」から「まつり」のタイコの音も聞こえてきます。まつりが近くなりました。

 

 

10月13日

朝夕がめっきり寒くなってまいりました。

咲きおくれた「ゆりの花」も昨夜の雨で落ちてしまった。

今年もたくさんの「ゆりの花」がいのししの「えさ」になってしまったので、咲きおくれた「花」というより、食べられずにすんだ「ゆりの花」といったところだ。

「ゆりの花」の根が好物というより食べやすいのだろう。食べられる「木の根」と「みみず」が蟻径になっているが「ブルドーザー」のように掘りかえしていくので、「生きるため」の作業はすさまじい力(ちから)である。

坂道には「どんぐり」の実がたくさん落ちているが、それらを食べて「えさ」は足らないのだろう。

自然の与えてくれる「食べもの」と「いのしし」の生息するバランスがとれていないからこのような結果になるのだろうが、考えさせる問題である。

じゃ…「いのしし」を捕獲して食料にしたらよいと云われるが、よちよち歩きの「ウリボー」を見の前にすると、どうしても料理のメニューに加えることができない。

フランスで修業時代は、たくさんの「ジビエ料理」を調理していたのに……シェフも年をとるとともに、心やさしくなってしまったのである。

 

 

10月25日

夕陽が前山に隠れるころ。

雲ひとつない空に飛行機雲が一本浮かんでいる。はじめは細長いヒモのようだったものが、少しづつ消えながら広がっていく。

寒冷多湿による現象であるが、それを見ていると自分の高所恐怖症など忘れてしまうほど美しい。

5分ほどで消えてしまうものだが、その物体の中に数百人の乗客がのっていると思うと不思議な気がする。

毎日、同じコースをとんでいるのであろうが、それをながめている自分の気持ちのよゆうがアッパレに思う。
その飛行機雲をながめるタイミングに出会うこともめったにないであろうが、消えかかる雲がピンク色に染まり、やがて空の色に同化していく………

秋の夕暮れは早い。

ねぐらに帰る「カラス」が2羽声もなくとんで消えた。山荘の夜のはじまりである。

 

 

11月04日

台風の多かった10月がすぎると、台風のシーズンは終わる。

今日は「冬のあらし」のため、ときおり強い風がふく。
日中はあせばむほどの天気だが「季節風」がそれをジャマしている。

相変わらず大雨が降ると、台風の被害にあったところが「テレビニュース」に映しだされているが、あらためて爪あとにおそろしさを感じる。

夕方には「冬のあらし」の風もやみ、静かに前の山の夕やけが見られる。

まだ残っている桜の葉も、夕陽に映えて美しい。
「冬のあらし」による落ち葉が坂道に「木の葉のジュータン」をつくり、その様子が今の季節だけの風物詩となる。

各地の紅葉のお知らせとともに、初雪のニュースがながれてくる。めまぐるしく話題に変化がある。

季節のかわりを感じる山荘にも秋の深さがやってきた。

 

 

07月15日

残り少ない葉をつけた桜の枝がゆれている、

まだ「生命力」をもった木の葉の色は茶色にそまり、風が吹くと枝から放たれる。
ヒラヒラと落下してきてベランダにおさまると、木の葉の命は終わる。

まだ全ての葉が落ちるまでには時間がある。
山荘のウラの坂道には、先に落ちた葉が地面に敷きつめられ、きれいに並んでいる上に重なっていく。

雨が降るとその一部は流されていくが、残る方がはるかに多い。

この数日で重ねあった新旧の落ち葉で、カラフルなデザインのもようを見ることができる。

自然なアートもいいものだ。

前山の紅葉もこれからさらに見ごろとなる。
この地方のおそい秋はまだまだ続く。

桜の大木で「たわむれていた」ヒヨドリが大きく枝をゆさぶって飛び立っていった。
その動きでまたヒラヒラと落ち葉が舞った。

 

 

11月15日

残り少ない葉をつけた桜の枝がゆれている。

まだ「生命力」をもった木の葉の色は茶色にそまり、風が吹くと枝から放たれる。
ヒラヒラと落下してきてベランダにおさまると、木の葉の命は終わる。

まだ全ての葉が落ちるまでには時間がある。
山荘のウラの坂道には、先に落ちた葉が地面に敷きつめられ、きれいに並んでいる上に重なっていく。

雨が降るとその一部は流されていくが、残る方がはるかに多い。

この数日で重ねあった新旧の落ち葉で、カラフルなデザインのもようを見ることができる。

自然なアートもいいものだ。

前山の紅葉もこれからさらに見ごろとなる。
この地方のおそい秋はまだまだ続く。

桜の大木で「たわむれていた」ヒヨドリが、大きく枝をゆさぶって飛び立っていった。
その動きでまたヒラヒラと落ち葉が舞った。